DCリンクブスバーの寄生インダクタンス対策と設計要点
インバータのDCリンク部で問題になる「寄生インダクタンス」とは、配線そのものが持ってしまうわずかなインダクタンス成分のことです。スイッチング時の電流変化(di/dt)が大きいほど、このインダクタンスがサージ電圧や発熱・ノイズの原因になります。銅ブスバー(バスバー)は、このインダクタンスを下げるための導体として使われており、SiC・GaNへの置き換えが進む2026年はその重要性がさらに高まっています。本記事では、なぜ問題になるのかという原理と、加工会社に発注する際に伝えるべき情報を整理します。
DCリンク
寄生インダクタンス
ラミネートブスバー
SiC
GaN
サージ電圧
インバータ
この記事の内容
寄生インダクタンスとは何か
寄生インダクタンスとは、配線・導体の形状によって意図せず生じるインダクタンス成分のことで、電流が変化する瞬間に電圧を発生させます。
回路図上には現れませんが、導体には長さ・形状に応じて必ずわずかなインダクタンス(通常はnH〜数十nHのオーダー)が存在します。直流を定常的に流しているだけであれば問題になりませんが、スイッチング素子がオン・オフを繰り返すインバータのDCリンク回路では、電流が急激に変化するたびにこのインダクタンス分が電圧として現れます。
前提
DCリンクとは、コンバータ部とインバータ部の間で直流電圧を平滑・安定化させる回路部分のことです。DCリンクコンデンサとスイッチング素子(IGBT・SiC MOSFET・GaN HEMTなど)を結ぶ配線・ブスバーが、この記事で扱う寄生インダクタンスの発生源になります。
DCリンクで問題になる理由(サージ電圧)
寄生インダクタンスLに電流変化di/dtが加わると、V=L×(di/dt)で表される電圧(サージ電圧)が発生し、素子の耐圧を超える恐れがあります。
スイッチング素子がターンオフする瞬間、電流は非常に短い時間でゼロに近づきます。このときの変化率(di/dt)が大きいほど、配線に残るわずかなインダクタンスLとの掛け算で生まれる電圧(サージ電圧)は大きくなります。
注意
サージ電圧が素子の耐圧を超えると、破壊や誤動作、EMIノイズの増加につながります。対策は「Lを下げる」か「di/dtを緩やかにする(スナバ回路・ゲート抵抗の調整など)」のどちらか、または両方です。ブスバーの形状・配置で寄与できるのは前者(Lを下げる側)です。
SiC・GaN化で低インダクタンス設計が重要になっている理由
SiC・GaN素子は従来のSi-IGBTよりdi/dtが一桁以上大きく、同じ寄生インダクタンスでもサージ電圧が大きくなるため、低インダクタンス設計の必要性が高まっています。
従来のSi-IGBTのdi/dtがおおむね1〜3kA/µs程度であるのに対し、SiC MOSFETは5〜20kA/µs、GaN HEMTでは50〜100kA/µsに達するとされています。前述の計算式のとおり、di/dtが一桁大きくなれば、同じ配線・同じインダクタンスでもサージ電圧は一桁近く跳ね上がる計算になります。
素子別のdi/dtの目安(参考値)
| 素子 | di/dtの目安 | 低インダクタンス設計の必要性 |
|---|---|---|
| Si-IGBT | 1〜3 kA/µs | 従来設計で対応可 |
| SiC MOSFET | 5〜20 kA/µs | 要対策 |
| GaN HEMT | 50〜100 kA/µs | 要対策(より厳格) |
素子別のdi/dtの目安(参考値)
Si-IGBT
1〜3 kA/µs(従来設計で対応可)
SiC MOSFET
5〜20 kA/µs(要対策)
GaN HEMT
50〜100 kA/µs(要対策・より厳格)
素子別di/dtの相対比較(Si-IGBTを1として)
2026年時点の動向
市場予測では、SiCパワー半導体は2025年時点でおよそ4,558億円規模とされ、2035年には2兆9,034億円規模まで拡大する見通しが示されています。EVにおけるSiC採用率も2024年の10%強から2035年には50%超まで伸びるとされ、2026年は自動車向けの伸びがいったん踊り場を迎える一方、AIサーバー向けの電源需要が新たな伸びしろとして注目されています。GaN世代ではラミネートブスバー単体では対応が難しく、基板埋め込み型のブスバーやDBC(絶縁基板)一体型など、次の実装方式の検討が進んでいる段階です。
ブスバー構造でインダクタンスを下げる考え方
往復電流の経路をできるだけ近づけて磁束の打ち消し合いを利用する「積層(ラミネート)構造」が、ブスバーでインダクタンスを下げる基本の考え方です。
電流が流れる導体と、その戻り電流が流れる導体を離して配置すると、その分だけループ面積が大きくなり、インダクタンスも大きくなります。逆に、正極側・負極側の導体を絶縁フィルムを挟んでごく近い距離で重ねると、互いの磁束が打ち消し合い、ループインダクタンスを小さくできます。これが「ラミネートブスバー(積層ブスバー)」の基本原理です。
構造のイメージ
[正極ブスバー]
│(絶縁フィルム)
[負極ブスバー] ← 往復電流を近接配置してループ面積を縮小
インダクタンスを下げやすい配置
- 正負の導体を絶縁層を挟んで積層・近接させる
- コンデンサ〜素子間の配線長を最短にする
- 複数のコンデンサを対称に配置し、電流経路の長さを揃える
インダクタンスが増えやすい配置
- 正負の導体を離して並行配線する(ループ面積が大きい)
- 接続点までの配線を大きく迂回させる
- 一部のコンデンサだけ配線が長く、電流分担が偏る
コツ
対称配線は、複数のDCリンクコンデンサを使う回路で特に効果があります。配線長が不揃いだと、短い経路のコンデンサに電流が偏って負荷が集中し、インダクタンス低減の効果も部分的にしか出ません。
構造タイプ別の特徴比較
DCリンク用の導体には平角ブスバー・ラミネートブスバー・フレキシブルブスバーの3タイプがあり、低インダクタンス化を重視するならラミネート構造が基本になります。
同じ「銅ブスバー」でも、構造によって得意分野が異なります。一枚の板を曲げ・穴あけだけで仕上げる従来型の平角ブスバーは、比較的低コストで製作でき、大電流の直流母線などシンプルな配線には向きますが、往復導体を近接させる工夫がなければインダクタンス低減効果は限定的です。用途に応じて使い分ける考え方を整理します。
構造タイプ別の特徴
| 構造 | 低インダクタンス効果 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 平角ブスバー(単層) | 限定的 | 大電流の直流母線・単純配線 |
| ラミネートブスバー(積層) | 高い | DCリンク・パワーモジュール周辺 |
| フレキシブルブスバー | 構成次第 | 振動吸収・可動部・狭所の取り回し |
構造タイプ別の特徴
平角ブスバー(単層)
低インダクタンス効果は限定的/大電流の直流母線向け
ラミネートブスバー(積層)
低インダクタンス効果が高い/DCリンク・パワーモジュール周辺向け
フレキシブルブスバー
効果は積層構成次第/振動吸収・狭所の取り回し向け
ラミネートブスバーを選ぶ場合も、絶縁フィルムの厚み・材質・耐電圧、積層する板の枚数と順序によって、最終的なインダクタンス値も、製作できる形状の自由度も変わります。狭いスペースに収めたい、曲げを入れたいといった要望がある場合は、電気的な要求(インダクタンス目標・耐電圧)と、機械的な制約(曲げ半径・板厚)の両方を早い段階ですり合わせておくと、試作後の設計変更が減ります。
発注時に加工会社へ伝えるべき情報
低インダクタンス設計のブスバーを発注する際は、電流・電圧に加えて、端子位置・往復電流の経路・使用する周波数帯域を図面や仕様として明確に伝える必要があります。
回路の低インダクタンス設計そのもの(素子選定・スイッチング周波数の決定・シミュレーションによるインダクタンス算出)は、装置を設計する側の領域です。当社が担うのは、その設計意図を寸法・形状として正確に再現する加工の部分になります。設計側から次の情報が明確であるほど、狙い通りの形状で製作しやすくなります。
発注前に整理しておきたい項目
- 定格電流・想定される最大電流(ピーク値)
- DCリンク電圧(定格・過渡時のピーク想定)
- 正極・負極それぞれの端子位置と接続対象(コンデンサ・モジュール側)
- 正負導体の積層順序・絶縁フィルムの厚みと材質の指定有無
- スイッチング周波数のおおよその帯域(高いほど寄生インダクタンスの影響が大きい)
- 外形寸法の制約(筐体内のスペース、他部品との干渉)
注意
インダクタンス値そのものの算出・FEM解析・回路シミュレーションは、当社では請け負っておりません。「このインダクタンス値以下にしてほしい」という目標値がある場合は、その値を満たす導体形状・積層構成を設計側で決めていただき、その形状図面をもとに加工のご相談をいただく流れになります。
銅とアルミ、板厚設計での注意点
導電率で選ぶなら銅、軽量化を優先するならアルミが検討対象になりますが、低インダクタンス設計では板厚よりも積層構造と配線長の短さが効きます。
ブスバー(バスバー)は導体としての基本的な役割は電流を流すことですが、DCリンク用途では単純な断面積(許容電流)の設計に加えて、往復導体をどれだけ近接させられるかという積層構造の設計が加わります。板厚を厚くして断面積を稼ぐ方向の設計とは、考え方が異なる点に注意が必要です。曲げ・積層・絶縁フィルムの貼り合わせなど、実際の加工技術によって再現できる形状には限りがあるため、試作段階で加工会社に形状の実現性を確認しておくと手戻りが少なくなります。
補足
銅はアルミよりも導電率が高く、同じ断面積であれば発熱を抑えやすい一方、比重が大きく重量は増えます。DCリンク用途は搭載スペースが限られる機器が多いため、重量よりも低インダクタンス化と放熱を優先し、銅が選ばれる場面が多く見られます。
よくあるご質問
寄生インダクタンスはどのくらいの値が目安ですか
配線の形状によって大きく変わるため一律の目安はありませんが、DCリンク用のコンデンサ単体で数nH程度の自己インダクタンスを特長として謳う製品例もあります。回路全体としての目標値は、素子の耐圧・スイッチング周波数・許容するサージ電圧から設計側で決めるべき数値です。
ラミネートブスバーとフレキシブルブスバーは何が違いますか
ラミネートブスバーは複数枚の導体板を絶縁フィルムで積層して一体化した硬い構造体で、低インダクタンス化を主目的とします。フレキシブルブスバーは薄い銅板を重ねて可撓性を持たせたもので、振動吸収や取り回しのしやすさを主目的とする点が異なります。
SiCやGaNに置き換えると、必ずブスバーも作り直す必要がありますか
必ずではありませんが、di/dtが大きくなる分、同じ配線構造では想定以上のサージ電圧が発生する可能性があります。素子を置き換える設計変更のタイミングで、配線経路とループ面積を見直すことをおすすめします。
板厚を厚くすればインダクタンスは下がりますか
板厚を厚くしても、往復電流のループ面積そのものが変わらなければインダクタンス低減の効果は限定的です。正極・負極を近接させる積層配置や配線長の短縮の方が、インダクタンス低減には効きます。
形状だけ決まっていれば発注できますか
形状図面に加えて、定格電流・DCリンク電圧・端子位置・積層順序が分かると、材質厚みや絶縁フィルムの仕様まで含めて具体的な見積りとご提案がしやすくなります。
